マガジンハウスのオリーブが創刊さてたのは僕が帰国した前の年、1982年だ。KENZOコネクションでエル・ジャポンの仕事ができたがオリーブの仕事もしたかった。女性誌の編集部は同じフロアーにあって境がない。毎日のように可愛い読者モデルが来ていて、ロリコン趣味ではないが可愛いティーンと仕事がしたかったのだ。オリーブの編集長の淀川さんはアンアンを女性ファッション週刊誌で100万部突破と言う前人未到の大記録を打ち立てた名編集長だ。
 エルの編集社に「誰かオリーブの編集紹介してください。」と言ったら。「いいわよ。」と紹介してもらった。ちょうどカメラマンを探していたところでブックも見せずに速攻でページをもらえた。最初はどこでもお試しでタイアップ・ページと決まっている。これを決めれば本ページがもらえる。本ページを2〜3回した頃、エル・ジャポンの編集長の平沢さんから「五味君食事でもいこうか?」と誘われた。いつもこれが出た時はお説教と決まっている。最近、エルでドジ踏んだ覚えはないんだけどな?と思っていたら、店で「エルの売り上げも順調に上がって来たし」と言われ、今日はお説教ではなくお褒めのお食事会か、と思った。「ところで、五味君、淀川さんが君のこと使わないって言ってるよ。」えっ?。もしかしてこの前モデルたちと食事に言ったか?この写真のモデルたちと東京ツアーで浅草に行ったったのだ。特定の一人とラブホに行ったわけじゃない。そんなことしたらマガジンハウス追放どころは業界追放だ。維持時の快楽のために将来を無駄にするほどバカではない。
 理由を聞くとMc.Sisterをやったことだと言う。オリーブを始めた時期にしていたのだ。でもなぜ今頃?ここは謝るしかない。しかし、裏を返せば撮っていた写真が淀川さんに気に入られていたと言う事だ。
 淀川さんに直接謝る事はとても出来ないので編集者に「五味が土下座して謝っていた」と伝えてくれるよう頼んだ。「それ、なんのこと?」と言われた。平沢さんが淀川さんから「五味はオリーブでは使わない」って言われた件。あれ?平沢さんが「五味はエル優先で使いたい」と淀川さんに言ったのよ。淀川さんは平沢さんより2階級も上の上司だ。え〜、寝ずに謝罪の言葉考えて来たのに、、、。平沢さんの立場からすればパリ帰りをひけらかしてる生意気なガキに頭を下げると言う事は編集長としてのプライドが許さなかったのだろう。どちらにしろ、組織上は僕は平沢さんも淀川さんは上司ここは謝るしかなかった。
 スタイリストは近田まりこさん。淀川さんとオリーブのスタイルを作った方です。近田さんの旦那さんが近田春夫さん、学生時代吉村さんのアシスタンをしていて吉村さんの暗室のあるアパーとの2回に住んでいて小暮徹さんに紹介していただきました。

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